女に性転換した。

2013年11月12日 #
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1ご冗談でしょう?増田さん:2013/11/12(火) 05:59:33.00 ID:2c7QIjj3wz

 最初はただの憧れだったような気もする。中学生の時にとても可愛い友達がいたのだった。絵本から出てきたようなガーリーな洋服を着ていて、奔放で言いたい放題言うけれども憎まれない性格をしていて、いつも女の子のいい匂いがしていた。いつの間にか彼女に対して抱いていたその憧れは劣等感や嫉妬や憎悪や性欲やその他いろいろなものとぐちゃぐちゃに絡みついて、気がつけば自分の性自認は壊れていた。随分と前から壊れていることに気づいてはいたのだが、気づかないふりをしてずっとやり過ごしていたのだった。その性自認のねじれが自分でも制御できなくなってから、タイの病院に至るまではそうは時間がかからなかった。外見だけで言えばもう男性に間違われることもなかったし、女性としての社会生活も取り立てて問題はなかったのだけど、でもやっぱり女性ホルモンに漬かることで得たにせものの身体だけでは満足できなかったのだ。

 タイに到着してから性転換の手術をするところまでは本当にあっけなく終わった。あっという間に私の男性器は刈り取られ、内臓の一部が再利用されて、女性器のような穴が形成されたのだった。ただ、その後の膣のメンテナンスは想像の百倍くらい大変だった。ダイレーションというのだが、異常な量の薬を飲んで、一日に三回も血まみれになりながら傷口に棒を突っ込まなければならなかった。当然すごく痛い。毎日これが続くのでその当時は本当に気が滅入った。

 その病院では、全世界から性転換手術を受けに患者がやってきていた。長いこと同じ所に住んでいるので当然患者同士も仲良くなるのだった。驚いたことに、年齢も生まれた場所も育った環境も全部違うというのに、私たちは圧倒的に分かり合えた。アメリカでもロシアでもメキシコでも中国でもヨーロッパでも、私たちは圧倒的少数派だ。ゲイやレズビアンやバイセクシュアルは100人いれば1人はいるが、トランスジェンダーは1万人に1人くらいしかいないのだ。トランスジェンダーとそうでない人を比較したら国同士の多少の文化的違いなんてあってないようなものなのかもしれない。

 彼女たちはみんな家族の不理解に苦しんだり、周りの偏見などに悩んだり、おおかれ少なかれ同じような経験をしていて、それでもなお戦い抜いてなんとか社会に居場所を確保していたのだった。私は全世界で小規模な局地戦が行われていたのだと知った。そしてそれはとても重要なのだと思う。LGBTだけじゃなく、あらゆるマイノリティが社会の理解を得るには、きれいごとをフォーマルな場で並べるだけではダメなのだ。学校や、家庭や、職場など、泥臭い現場の中で局地戦を積み重ねるしかないのだ。

 今は帰国して少しばかり時間も立ち、身体の回復も順調で落ち着いてきた。確かに男性器は無くなったものの、とはいえ実際のところは何も変わらなかった。いくら男性器を取って女性器の模造品をくっつけたところで私はあの子にはなれない。突然性格が変わるわけでもなければ考えていることが変わるわけでもない。できなかったことができるようになるわけでもないし、夢見ていたように、あの子と「女の子同士の関係性」で仲良く学生生活を送ることはもうできない。実質手に入れたものは戸籍の変更要件くらいのものだった。

 でも清々しい今の気持ちを考えると、私はやっぱりこの体を渇望していたのだと思う。二十年間積み上げてきたコミュニケーションを全部無かったことにして、大切だった知り合いや友達との関係性を全部ぶっ壊して断ち切って、エリート街道まっしぐらだったキャリアを台無しにして、そこまでしなければ今のこの身体は勝ち取ることはできなかった。そこまでするしか私にはなかったし、そこまでしてよかったと今は思う。

 今までの過去は空白にしておかなければいけない。私がもともと男であるということを人に打ち明けたら、ここまでして全てを捨てた意味がなくなってしまう。真実は誰にも話すことはできないし、今も昔も私が一人ぼっちでにせものであることに変わりはない。これまでもこれからも私は嘘を重ねて生きていくことに変わりはない。痛みに呻きながら血まみれになりながらここまでして、一体何を勝ち取ったのだろう?と自問することはあるのだけれど、ただそれでも今なら、死ぬまであと五十年くらい続くであろう孤独には耐えられるような気がした。

1001以下、増田にかわりまして管理人がお送りします:2012/09/23(日) 04:57:31.00 ID:???

掲載元スレッド:http://anond.hatelabo.jp/20131112055933

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