大学院生のつぶやき

2013年11月07日 #
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1増田編集部員:2013/11/07(木) 07:39:57.00 ID:c7K307mSc.

私は書類仕事が苦手だ。私は学内で四つのアルバイトをしているのだけれど、そのタイムシートは全て書式が異なり、提出先もばらばらで、さらに締め切りが違う。たまに書かなければならないちょっとした書類でも大きな負担に感じるのに、毎月月末が近づくと様々な部署から、書類の締め切りのお知らせや早く出して下さいという催促がメールや電話で届く。事務の方には非常に申し訳ないと思っている。いつもすみません。

今日はあるティーチングアシスタントのアルバイトのタイムシートの提出に行った。提出しようと思ったら、印鑑の押し忘れがあったことに気付いた。ダメ元で「サインじゃダメですか」と聞くと、担当の事務員さんは渋い顔。そこで他の事務員さんがおもむろに大量の印鑑の入ったクッキー缶を取り出し、「この中に自分の名前があったら使ってもいいよ!」と言う。残念ながら私の名前は見つからなかったのだが、「どの印鑑でもいいんならサインの方がいいんじゃないですか」と言うと、事務員さん曰く「自分で押すことが大事」。書類は再提出となった...。

そもそも、現代にかたくなに印鑑を要求する意味はどこにあるのだろう。銀行等印鑑がコンピュータで造形を細部まで照合できるのならば不正防止や本人確認の意味があるかもしれない。(印鑑を必要としないオンラインの取引は増える一方ではあるが。)しかし、大学の事務で印鑑を必要とする意味がわからない。私は三文判を複数持っていて、書類に押印が必要な時は毎回適当にそのなかのどれかを使っているが、今まで何も言われたことはない。これは本人確認として機能していないということだ。本人確認としては署名の方がよっぽど適している。留学生の書類は押印でなくサインでOKというルールも意味が分からない。サインでいいなら別に印鑑は必要ない。印鑑を押すときの一連の朱肉を出し、押印をするという手間は地味にストレスだ。印鑑さえなければ、事務員さんも印鑑もれによる書類の不備や提出の遅れがなくなり、仕事が楽になる。こんなどうでもいいことに労力を使うのは人的資源の無駄遣いだと思う。

効率化に積極的な大学ではタイムシートの提出はオンラインで済ませることができる。これなら自宅で研究している日にわざわざ書類提出のために学校に行くこともないし、印鑑も必要ない。というか、ティーチングアシスタントを時給制ではなく年俸制や学期制にすればタイムシートも必要なくなる。いかに書類を書式通りに書かせるかではなく、いかにシステムの無駄を省くかを考えればいいのに。

教授にこんなことをぶちぶち言ったら、教授は仕事を減らしたら人員も減らさないといけなくなるから効率化をしないのかもねと言っていた。さらに、昔は事務室に教授全員の名前の印鑑がおいてあって、いない時は勝手に押していたとも言っていた。印鑑のもつ承認の意味が完全に失われている。

私一人が不満を表明しても何も変わらない。というか、いずれは別の機関に移ると考えているからあとちょっとの間耐えればいいと考えているのは事実である。大学職員の側から見ても、効率化のメリットやインセンティブはあまりないのではないかとも思う。新しいシステムを導入するのは大変だし、言い出しっぺになるのも職場の人間関係を壊すかもしれない。システムを変える権力を持った人には印鑑なんて些細な問題かもしれないし、印鑑が必要という認識が当然になりすぎて、効率化が可能だと気付かないのかもしれない。

書類仕事はどこに行ってもついてくるだろう。でも印鑑と不必要に思えるほど大量の書類は私にとって大きな負担だ。効率化の進んだ大学に移りたいなと考えることもあるし、周囲の教授を見ると、将来教員や職員としてこの大学で働くのは辛いだろうなと思う。

現在私の大学では多分に漏れず国際化を推進している。しかし、非効率なシステムを持ち、しかもそれを改めない研究教育機関が世界の優秀な学生や研究者にとって魅力的だろうか。また、こういった書類仕事が研究者や学生の研究時間を奪っていることは大学の競争力の低下に繋がる可能性がある。

色々言ったが、要は私は書類が嫌いなのである。

1001以下、増田にかわりまして管理人がお送りします:2012/09/23(日) 04:57:31.00 ID:???

掲載元スレッド:http://anond.hatelabo.jp/20131107073957

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